能面の制作では、創作面を除けば元となる古面を写すことが基本になります。骨格はもとより、毛描きを含めた彩色全般も写しとることが必要です。
ここで言っている彩色全般は、古面の作者が意識的に施した彩色や時間の経過で生じた自然な風合い、そしてそれらが複合した景色全体として捉えることができます。
古面を観察すると、特に素晴らしい面には、その表情がバランスよい景色であることが分かります。作者の施しが自然の風合いとあい混じって、どれが意識的な彩色なのか自然的なのか判断できない幽玄な表情を作っています。
以前、「加算と減算」という記事を書きました。単に古びを付けるといった一方的な彩色では、人工的な景色になることが多く、とても幽玄な表情は出てきません。そこに自然的偶然的な要素が加わって初めて幽玄の表情が出てきます。「付ける」という彩色に「取る」いう工夫をすることで可能になります。さらに「取る」彩色と「付ける」彩色が繰り返されると、無為自然な味わいが出てきます。何とも言えない幽玄な表情が出来上がります。
ここに載せました「節木増」は、当初横刷毛目が非常に強くしかも、刷毛目の凹部分に強い青みが入り込み、人工的な態とらしい表情をしていました。キリッとした表情と言えないことはないのですが、やはり能面ですからそこに何か女性の「たわやかさ」が欲しいと、洗い流さずに「取る」彩色を始めました。
薄皮を剥ぐように刷毛目に入り込んだ青みを慎重に取り、上塗りの本来の色を出してゆきました。その過程で、刷毛目の凸部分の高い部分は次第に低くなり、所々刷毛目の線が欠けたような景色が現れてきました。古面の風合いを残すために、全部の刷毛目や刷毛目に入り込んだ青みを取らず、スーッと透き通った部分や逆に強い刷毛目部分を強弱を入れながら残してゆきました。
ここで難しくも重要なのは、取り方が一様であってはいけないことです。自然風合い的な景色を残してゆくことです。この辺りは作り手毎に違うと思いますので細かい内容は言いません。各自で工夫できるところです。
この様にしてできたのがここに載せた写真です。気がついたら手を入れるという作業を繰り返し、彫刻の何倍もの時間を楽しみました。
刷毛目でもない、柚肌でもない表情ができ、強さの中にも「たわやかさ」がある表情が現れました。